未踏と20世紀少年

未踏と20世紀少年

漫画「20世紀少年」に、沢山の「友民党」(漫画に出てくる悪の組織的なやつ)の人々が監視モニターに向かって笑っているシーンがある。ひとが死んでいてもみんな笑いながら見ている。これが上手いこと独特の「気持ち悪さ」を演出している。無理矢理笑わされているけど、自分でもそれが自覚できていない感じ。これと同じ風景を現実世界で見たことがある。

未踏という経産省のやっているプログラムがある。

未踏の第一回目の発表会で僕は"OB"と呼ばれる方々から… それで、質問の内容もあまりよくわからなくて、何が悪いのかわからないようなものだったし、「この人たちは僕を攻撃するために質問しているのでは???」と思うくらい意地悪なものが多かった。

そして質問者が手厳しいことを言った後には必ず笑いが起きる。「いやー〇〇さんは手厳しいなー」みたいな感じで。それが本当にいじめられてるみたいな感じで嫌だった。自分の発表はまだしも、他の人がそれをやられているのを見るのが辛かった。何か笑いながら人を叩いて批判することを良しとするカルチャーなのだろうか。とにかく家族の一員、仲間みたいな感じで、何を言っても許されると思ってるのだろう。

その他にも、事務的な作業が非常に煩雑なこと(毎日、どの作業を何時間やったか書かなきゃいけない。しかも何日か以上連続して同じ作業を記入してはいけないなど)も相まって、意欲が削がれてしまった。

そのことを関係の方々に伝えて、二度目の会議には出ないと言ったところ、「出た方がいい。非生産的な人は呼ばないから」と強く言われたため、二度目も出ることにした。

そこで、僕が発表をし終えたところで、みんな笑いながら「面白かった/いい発表だった」と言ってくれたのだが(じつは技術者的には少し笑える内容をスライドに入れた僕の責任でもある)、そこに何か前述の20世紀少年的「気持ち悪さ」を感じたのである。強制的にとにかく笑わなきゃ、といった感じなのか、笑うこと自体が目的になっている感じなのか、、、日本の教育の歪みをうまく投影していたように思う。

難しいところである。僕のためを思ってやってくれているのはわかるのだが、「なんか危ないこと(訴訟、炎上など)したら怖い」というふうに僕を爆発物として腫れ物を触るように扱っている感じがあって、それがネガティブでもポジティブでもない微妙な美学のようなものを生み出していた。文学的瞬間である。ダークツーリズムにも通ずるところがあるだろう。実際、その時は完全に上の空というか未踏なんてどうでもいいやと投げやりな気持ちだったので、人々が撃ち殺される場面をガラス越しに見る観光客気分で会場に来ていた。

何はともあれこういった日本の技術界の「気持ち悪さ」てきなものを含めた技術全体のことを知れたのは未踏プログラムのおかげであるし、事務局やPM、OBの方々には感謝の気持ちでいっぱいである。(断じて皮肉ではない)邪推ではあるが事務局の労働環境も悪かったのではないかと思う。(残業がかなり多かったそうだ)PMやOBも忙しい中頑張って未踏に貢献していたわけで、そんな中でプログラムを運営できたのは素晴らしいことだと思う。

特に「笑い」に関しては、僕たちが何気なくやっているものが誰かとの間に深い断絶を生んだり、誰かを深く傷つけたりするので、気をつけよう、という気持ちになったのは大きな学びである。

未踏は本当に素晴らしいプログラムだと思っているので、これからも様々な改善(IPAの労働状況改善、クリエイターへの委託費を上げる、事務作業を軽減する、発表の仕方や会議の仕方を改めるなど)をしていって、より良いものになってほしい。